派手な得点ランキングに名前は載らない。けれど、千葉ジェッツがタイトルを獲り続けてきた長年、いつも相手のエースに最初に立ちはだかってきた男がいます。背番号31・原修太選手。船橋市出身の生え抜きであり、Bリーグ屈指の”ディフェンスの鬼”です。
2026年6月15日、原選手は2026-27シーズンの契約継続が発表され、千葉ジェッツでの12シーズン目を迎えることになりました。本記事では、地元クラブひと筋で歩んできた原修太選手の経歴・プレースタイル・受賞歴に加えて、指定難病と向き合いながらコートに立ち続けるその強さまでを、公式・信頼メディアの情報をもとにファン目線でまとめます。
原修太プロフィール早見表
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 氏名 | 原 修太(はら・しゅうた) |
| 背番号 | 31 |
| ポジション | シューティングガード/スモールフォワード(SG/SF) |
| 身長/体重 | 187cm/96kg |
| 生年月日 | 1993年12月17日(32歳・2026年6月時点) |
| 出身 | 千葉県船橋市 |
| 出身校 | 習志野高校 → 国士舘大学 |
| 千葉ジェッツ加入 | 2015-16シーズン(途中加入) |
| 千葉J 在籍 | 12シーズン目(2015-16〜2026-27) |
千葉県船橋市出身——つまり、千葉ジェッツのお膝元で生まれ育った生粋の地元っ子です。習志野高校から国士舘大学を経て、2015-16シーズン途中に千葉ジェッツへ加入。以来、一度も移籍することなく、地元クラブひと筋でキャリアを重ねてきました(出典:千葉ジェッツ公式 2026-06-15 契約継続のお知らせ)。
第1章 船橋の少年が、地元クラブの主力になるまで
習志野高校から国士舘大学へ
原修太選手は小学3年生でバスケットボールを始め、地元・千葉の習志野高校に進学。その後、国士舘大学へと進みます。大学では最初こそBチームからのスタートでしたが、すぐにAチームへ昇格し、1年生から試合に出場する成長スピードを見せました。
2年生でレギュラーに定着すると、チームの関東1部リーグ昇格に貢献。3年時には初めて臨む関東大学1部リーグで3ポイントシュート王に輝き、4年時にはキャプテンを務めました。今でこそ「ディフェンスの人」として知られる原選手ですが、大学時代はむしろ3ポイントを武器にするスコアラーだったというのは、ファンでも意外と知らない一面かもしれません。
2015年、地元・千葉ジェッツへ
大学4年時の2015年12月、原選手は千葉ジェッツへの入団が決定。生まれ育った船橋を本拠地とするクラブで、プロキャリアをスタートさせます。加入1年目(NBL 2015-16シーズン)の出場はわずか9試合。決して華やかなスタートではありませんでしたが、ここから「地元の星」の長い物語が始まりました。
第2章 “ディフェンスの鬼”|ベストディフェンダー賞2回の凄み
自分にしか出せない「色」を探して
スター選手がひしめく千葉ジェッツの中で生き残るために、原選手が選んだ道は「ディフェンス」でした。「何か1つの武器を作ろうと思ってディフェンスにフォーカスをした」——本人がそう語る通り、彼は意識的に守備のスペシャリストへと自分を作り変えていきました(参考:バスケットボールキング 2023-06-02)。
187cm・96kgという、日本人ウイングとしては図抜けて頑強な体。これを活かし、外国籍のビッグマンにも当たり負けせず、相手のエースに最初から最後まで食らいつく。原選手のディフェンスは、まさに千葉ジェッツの守備の「最初のスイッチ」です。
2022-23:ベストディフェンダー賞 初受賞+ベストファイブ
努力が公式に認められたのが2022-23シーズン。原選手はBリーグのベストディフェンダー賞を初受賞し、さらにレギュラーシーズン ベストファイブにも選出されました。守備への特化が、リーグ最高峰の評価として実を結んだ瞬間です。
2024-25:自身2度目のベストディフェンダー賞
そして2024-25シーズン、原選手は2年ぶり2度目のベストディフェンダー賞を受賞。この年はレギュラーシーズン全60試合に出場し、平均25分17秒のプレータイムで5.2得点・2.6リバウンド・0.4スティールを記録しました(出典:B.LEAGUE公式 2025-05-30)。
受賞にあたって原選手は「スタッツに残るようなディフェンスではない」と語っています。スティールやブロックといった数字に表れにくい、地道で粘り強い守備こそが彼の真骨頂。それでも2度の受賞という結果がついてくるのは、見る人が見れば分かる「本物」の証です。「この賞に恥じぬよう、これからもハードに、フィジカルにディフェンスしていきたい」という言葉に、職人としての矜持がにじみます。
第3章 タイトルの歴史を支えた12年
原修太選手の12年は、そのまま千葉ジェッツの黄金期と重なります。主なタイトル獲得歴は次の通りです。
- 天皇杯優勝(2017年・第92回大会など、複数回の優勝メンバー)
- B.LEAGUE優勝(2020-21シーズン/クラブ初の年間王者)
- EASL(東アジアスーパーリーグ)優勝(2024年)
- Bリーグ ベストファイブ(2022-23)
- Bリーグ ベストディフェンダー賞(2022-23・2024-25の2回)
富樫勇樹選手(12シーズン目)と並び、クラブのタイトルのほぼすべてに在籍メンバーとして関わってきた数少ない選手のひとり。派手なスコアラーが入れ替わっていく中で、原選手は「守備で勝たせる」という一点で、長くチームの背骨であり続けてきました。日本代表としても2023年のFIBAバスケットボールワールドカップに出場し、世界の舞台でもそのディフェンス力を示しています。
第4章 指定難病と向き合いながら
原修太選手を語るうえで、避けて通れない事実があります。原選手は2018年8月に指定難病「潰瘍性大腸炎」と診断され、2020年7月にクラブを通じてその事実を公表しました。
潰瘍性大腸炎は、大腸に炎症が起き、腹痛や倦怠感などの症状と長く付き合っていく必要のある病気です。体調の管理が難しく、コンディション維持が何より重要なプロアスリートにとって、決して軽くないハンディキャップであることは想像に難くありません。
それでも原選手は、診断後もコートに立ち続けました。それどころか、最もフィジカルが要求される「ディフェンスのスペシャリスト」として、診断後にベストディフェンダー賞を2度受賞しているのです。病と向き合いながら、リーグ最高の守備職人であり続ける——その姿は、同じように体調の不安を抱える多くの人にとっても、静かな勇気になっているはずです。原選手自身が病気を公表したのも、同じ病気と闘う人たちへ向けた思いがあったからこそでしょう。
原修太の魅力5選
1. 相手エースを止める「守備の最初のスイッチ」
試合の入りからギアを上げ、相手の得点源に張り付く。原選手がコートに立つと、千葉ジェッツの守備の強度が一段上がります。スコアボードには表れない、けれど勝敗を確実に左右する貢献です。
2. 外国籍にも当たり負けしないフィジカル
187cm・96kgの強靭な体は、トレーニングの賜物。”イケメンゴリラ”として人気を集めた名古屋・東山動植物園のゴリラ「シャバーニ」に似ていることから「ハラーニ」という愛称で親しまれており、サイズで上回る外国籍選手にも体を張って対抗できる、日本人ウイングでは希少な存在です。
3. 大学時代は3ポイント王だったシュート力
守備のイメージが強い原選手ですが、もともとは関東大学リーグの3ポイント王。要所では今もコーナーから着実に3ポイントを沈め、ディフェンスで貢献しながら攻撃でも仕事ができる「3&D」プレーヤーとしての価値を持っています。
4. 地元・船橋への深い愛着
船橋市出身、地元クラブひと筋12年。「一緒にまたBリーグのテッペン獲りましょう!」と発信するなど、地元クラブを背負う自覚と誇りを言葉にしてきた選手です。生まれ育った街のために戦い続ける姿は、ファンにとって何より誇らしい存在です。
5. 困難を越えて立ち続ける強さ
指定難病を抱えながら、リーグ最高の守備職人であり続ける。その事実そのものが、原修太という選手の最大の魅力かもしれません。派手さよりも、ひたむきさ。原選手のプレーには、見る人の胸を打つ「芯の強さ」があります。
2026-27も千葉ジェッツへ
2026年6月15日、原修太選手の契約継続が正式に発表され、Bプレミア元年も背番号31が千葉ジェッツのコートに立つことが決まりました。本人は「チームに貢献できるよう頑張ります。よろしくお願いします!」と、いつも通りの誠実なコメントを寄せています(出典:千葉ジェッツ公式 2026-06-15)。
ジョン・ムーニー選手の退団などインサイド陣が大きく入れ替わる今オフ、ディフェンスの要である原選手の存在価値は、これまで以上に高まります。新しい仲間たちに「千葉ジェッツの守備の基準」を伝える役割も、地元のベテランに託されることになるでしょう。
まとめ|数字に表れない価値を、その目で
得点ランキングを追いかけているだけでは、原修太の本当の価値は見えてきません。相手エースの前に最初に立ちはだかる背中、外国籍に当たり負けしない体、そして難病と向き合いながらコートに立ち続ける強さ——その一つひとつは、現地で観戦してこそ伝わるものです。
LaLaアリーナ東京ベイで、ぜひ一度、原選手のディフェンスに注目して試合を観てみてください。「あ、今の止めたのが原だ」と気づいた瞬間、あなたはきっと、この地元の守護神のファンになっているはずです。
原修太 主な経歴・タイトル年表
| 年・シーズン | 主な出来事 |
|---|---|
| 〜2015 | 習志野高校 → 国士舘大学(関東1部リーグ3ポイント王・主将) |
| 2015-16 | 大学4年12月に千葉ジェッツ加入(途中加入・9試合出場) |
| 2017 | 天皇杯 優勝(第92回大会など優勝メンバー) |
| 2018 | 8月に潰瘍性大腸炎と診断(後に公表)/FIBA 3×3ワールドカップ代表候補(体調不良で辞退) |
| 2020 | 7月、潰瘍性大腸炎であることを公表 |
| 2020-21 | B.LEAGUE優勝(クラブ初の年間王者) |
| 2022-23 | ベストディフェンダー賞 初受賞/レギュラーシーズン ベストファイブ |
| 2023 | FIBAバスケットボールワールドカップ2023 日本代表として出場 |
| 2024 | EASL(東アジアスーパーリーグ)優勝 |
| 2024-25 | ベストディフェンダー賞 2度目の受賞(全60試合出場) |
| 2026-27 | 6月15日 契約継続発表(千葉J 12シーズン目) |
※主な出典:千葉ジェッツ公式 2026-06-15 契約継続のお知らせ / B.LEAGUE公式 2025-05-30 ベストディフェンダー賞 / バスケットボールキング 2023-06-02 初受賞 / バスケットボールキング 2022-06-01 残留
※本記事の内容は2026年6月時点のものです。最新の試合スケジュール・スタッツはB.LEAGUE公式サイトおよび千葉ジェッツ公式サイトをご確認ください。


